165億円の資産を築いた社長の愛読書 ⑤お金はあの世に持っていけない、その三

2025.3.5

 
165億円の資産を築いた社長の愛読書の2冊目邱永漢氏「お金はあの世に持っていけない~相続対策できましたか~」の三回目で、この本の最終回です。
 
お墓はお墓参りに来る人のためにある
お墓はお墓参りに来る人のためのものか、それともお墓に祭られる人のためのものか、ということになったら、やはりお墓に来る人のためのものというべきであろう。いくら有名な人のお墓であろうと、いくら立派なお墓であろうと、お参りに来る人もなく、きれいに掃除をしてくれる人もなく、草ぼうぼうのまま放置されていたのでは何の値打ちもない。
核家族化と一人っ子制度が定着してしまった今日では家を途絶えないようにすること自体が無理難題というものであろう。となれば、墓づくりもお参りに来る人が生きている限り、ということになる。従ってどんな壮麗なお墓を生前につくっても大して意味がない。お参りに来る人たちがいることと、その人たちにとって交通便利なことがよっぽど大切である。
 
財産争いの因は生前に解決しておく
 「死亡適齢期」になると、人は死のことを考えるようになる。どうせ死は免れられないとすれば、いい死に方をしたいものだと考える。どんな死に方がいいかと言うと、モンテーニュも言うように「突然訪れる死」がいいにきまっている。
 病床に伏して、闘病の揚句に、骨と皮だけになって死ぬよりは、何の前触れもなく、死ぬと気がつく間もなく死んでおれば、それにこしたことはない。
 ところが、「突然訪れる死」を望む人は、普段ピンピンしているから死期を迎えるかもしれないという実感があまりない。医者から死の宣告を受けているとか、長く病床に伏していて死期の予想ができる人なら、そのための準備をすることができるが、元気でピンピンしている人はまだまだと自分で思い込んでいるから死ぬ前にやらなければならないことでもどうしても一日延ばしになってしまう。
 相続税対策も決して容易ではないが、内輪もめを避けることはもっとずっと難しいことであり、病床に伏してからそれをやらされることになると、「もうどうにでもなれや」と捨て鉢になりかねない。してみると、死んでから後の問題は死ぬよりずっと前に、元気で、判断力のあるうちに解決しておかなければならないことであることがわかる。
 
 お金はあの世に持っていけない、最終回のその三は、如何でしたでしょうか?筆者の娘は二人とも結婚して姓が変わりました。なので、筆者の姓を継ぐ人はいません。その為、先祖の墓を含めて私の代でお墓じまいし、私は散骨してもらうように娘たちに伝えています。
 165億円の資産を築いた社長は、7年ほど前(70歳ぐらいの時)に、遺言書を書き、不動産を除くすべての事業を3人の息子たちに事業承継したと言っていました。素晴らしい準備ですね。さすがに、邱永漢さんの著書を愛読しているだけあります。次回は、3番目の愛読書「不動産投資は、なぜいつも強いのか」を解説します。

次のページへ LinkIcon